前者後者コミュニテイ

⑤世界観の違い

常に地上にいる前者と、自分の世界に住んでいる後者では
「人間観」や「社会観」も違います。

 

前者にとって人は社会平面という地上(大陸)の、「町や村」のようなものです。
町があれば道があるのが当然なように、人と人は常につながっているという感覚でいます。

後者は逆に、人は「海に浮かぶ島」のようなもの、という感覚でいます。
海で隔てられていますから「人と人は普段はつながっていない」(地上に道はない)のが基本状態です。

そしてお互い、それが全人間の基本感覚だと思っています。
前提が根本から違うため、せっかくの愛情や好意が伝わらなかったり、誤解が起こったりというケースが沢山あるのです。

 

前者の場合

前者の感覚では、人と人は当然のように常につながっていて「何かしらが常時行き来して交流」しているのが自然感覚です。道路は基本設備なので、あって当たり前。
だから大事なのは、その道路の上に「何が」「どれだけ」行き来しているかなのです。

だから「行動」だったり「言葉」だったり、前者はそういう”具体的に外に現れるもの”を大事にします。

大事な相手には「普段誰にでもしていることのランクを上げる」そんなイメージでしょうか。

良いモノを沢山交流させることが友好や愛情の「証明」です。
また、「察してあげる」・・・「要求される前に」相手の意図や望むことを「相手を理解して」動いてあげる。少なくともそうしようとする。それも代表的な好意や愛情の証です。

それが前者のベーシックな愛情表現ですので、相手にもそれを期待します。
それがない、それをしてくれない(しようとしてくれない)ということは、そのこと自体への不満以上に、「私に愛情がないのでは?」ということのように感じてしまうのです。

 

例えば・・・
・したことをスルーされる
⇒「気に入らなかったのかな?」と考えて更に頑張ったり、一方的になり過ぎて「都合よく使われてるだけなのでは」と感じてしまう

・反応がない、交流や通信が途切れる感じがする
⇒門を閉ざされ、締め出されているかのように感じてしまう

・(結果として)自分が不快になるようなことをされる
⇒「怒らせるような何かしたっけ?」「攻撃宣言?」と感じたり、わざとでなくてもその不注意さ自体を「私を軽んじてるのでは」と勘繰ってしまう

そういうこともよく起こります。(思いこむわけではないが、そう感じてしまう)

 

親しくなった相手とは
・具体的な交流がいっぱい増えることを期待しています。
・感情や本音を少しずつ漏らしてきます。

そんな前者には好意や、感謝や、褒めや、あるいは誤解してるだろうことを
ちゃんと口にして言ってあげることがとても大事です。

 

また、常につながっている感覚のため、安心感もある一方、周囲の状況がダイレクトに自分に関わって来るので、常に緊張感もあります。

周囲の平和が自分や自分の大事な人達の平和なので、いち早く情報を収集し、先手を打つことも習慣にしています。そうやって、常に手の届く範囲や大事なものを気にかけ、継続的な平和維持活動をおこなっているのです。

前者は「常に」「いつも」のひとたちなのです。

 

後者の場合

一方後者は、みんな島で独立し合っているという世界観なので、そこに道路なんてありません。
交流がないのは別に意図的でもなんでもなく単純にそれが基本状態です。

人と交流するのは、必要に応じて「橋をかけたり船を出したりするイメージ」で、常に「意識的な行為です。用が終われば橋を引っ込めて、「ふーやれやれ」と戻っていきます。

なにせそうやって島で充電しないと、橋をかけたり外で活動したりするエネルギーがなくなってしまいます。

 

そんな後者の交流動機は、必要物資の確保か、「世界を広げたい」です。
端的に言えば「一人じゃつまらない」

独立で成り立ってるけど、もっと広い世界を知りたい。自分の世界も知ってもらいたい。
「世界観の交流」がコミュニケーションの目的です。

 

そんな後者には「交流を結ぼうとする意思」そのもの
「あなたと関係性を結びたい」という好意や関心の証明です。

独立国家同士の国交を開くイメージに近いでしょうか。
逆に、干渉は善意であれ自分の世界を尊重されてないように感じます。

エネルギーをかけてどうでもいいところに行きたくないですから、後者が橋を架け船を出して「わざわざ」出向くのは、興味のある所だけです。

「側にいる」「接続している」、それは好意や関心の証ですし、後者にとっては特に言うまでもない「当たり前」の前提です。だからそれが伝わらないのがむしろ不思議だったりします。

 

ただし、橋をかけたり船を出すにあたっては「慣れ」「コツ」「勘」「技術」がある程度必要ですので、これが下手な人や上手くない人、訓練されてない人も多く、橋が途中で壊れたり、座礁したり、タイミングがまずかったり、スムーズに人と交流できないケースが後者には多々あります。

そしてつまずくと自分の世界に引きこもってしまい、そしてそのために技術が上がらない、という悪循環が起きます。

 

また後者の代表的な好意の表し方としては他に、「自分の世界に入れてあげる」「相手から得た何かを島に持ち帰る」といった、“相手の世界の何かを自分の世界に受け入れる”というのも最大級の敬意や好意や信頼の証です(不要なものは絶対に持ち帰らない)

↑ただし、受け入れ方がわからなくて持ち帰れないことはよくあります

 

親しくなった相手には
・安心して「スイッチオフ」
・何より大事にしている自分の世界へ、招待したりフリーパス発行

気遣いやサービスが好意なのは後者も一緒ですが、それはあくまで「島の外用」に頑張って「外交」している状態で、親しくなると「素」を出してきます(自動的に)。軽んじてるわけではなく、無理をせず側にいさせてもらえる相手を本当にありがたいと思っていますし、信頼しています。

ただし、馴れ合いにつながりやすいので「親しき中にも礼儀あり」は後者向けの戒めです。

 

また、自分の動機で島から出るのはなんでもいいですが、他人の要求で出る時は、何を「動機」「目的」「目標」にしたらいいのかがわからないとパフォーマンスがだだ下がりします。
なので後者はよく「なんで?(=なんのために?)(=それで私orみんなにどんないいことがあるの?)(=そのことと私の関連は?)」と聞くのです。

 


 

お互い「だから納得しろ」ということではありません。
無理なことや嫌なこと、して欲しいこと、わかって欲しいことは伝えればいいと思います。

それがなんにせよ出発点です。

でもそもそもの発想や愛情、「よかれ」のカタチがお互い違う、ということを理解しておけば、相手の気持ちについての誤解は減りますよね。双方の感じ方をわかった上で話し合えば、通じることは多いのではないかと思います。

また余談ですが、前者のこの傾向は女性に特に強いし、後者の傾向は男性に特に強い気がします。

 

参照記事:【保存版3】前者後者って?(世界観・コミュニケーション編)